フィリピン留学!英語力ゼロだった私に起こった事件がきっかけ!

今日も朝から

 

ハイテンションっ!!!

 

フィリピン英語留学を通して日本人を強くしていきたいファーストイングリッシュの本多です。

 

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人からよく言われます。
「本多さんは英語が話せたんですか?
フィリピン留学の学校を
経営しているくらいなので。」

いえいえ。
そんなことありません。

私は40歳まで英語が全く話せませんでした。

まるで日本の中1レベルの英語力でした。
英語力ゼロでした。

英語が全く話せない中でフィリピン留学の
学校運営に乗り出したんです。
それは想いしかありませんでした。

 

英語とは無縁の世界で生きてきた

 

そもそも英語に全く無縁の世界で生きていた。
フィリピン留学の存在を知った時は感動しました。

 

大学卒業後、住宅設備機器の営業として10年間

神戸の大学を卒業して10年間の会社勤め。
住宅設備機器のメーカーの営業をする仕事で
給湯器やシステムキッチン、お風呂を販売していました。

 

最初の頃は会社では上司に怒鳴られる。
毎週月曜日の7時半からある会議ではボロカスに言われる。
毎月ある会議(1日中)では吊るし上げられてました。。。

 

態度も生意気だった上に
業績も悪かったので。
反省してます。
当時の上司の課長、ごめんなさい。

 

その当時のお客様は
工務店や水道屋さん、ガス屋さんです。

現場で泥まみれになりながら
工事をしたこともあります。

住宅設備機器の業界というのは
クレームが付き物です。

売れば売るほどクレームがある。
そんな中、朝7時から夜は11時くらいまで
毎日仕事をしていました。

 

転勤が転機となり起業

9年間、群馬県の高崎で仕事をした後
広島に転勤になりました。
元々、神戸出身だったので
広島は全く知らない土地です。

 

広島に4月に転勤となり
10ヶ月後の翌年の2月には
その全く知らない土地の広島で
学習塾を開業していました。

正確に言うと「明光義塾」という
フランチャイズに加盟したのです。

広島の中心地に開業しました。
何と、以前の事務所の隣の隣のビルでした。

 

その当時は
「教育には全くの素人」
大学入試制度も知りません。

また、広島の高校の名前すら知らない状態。
全くのゼロからのスタートでした。

 

人間は本気でやれば
何でも出来るものです。

 

朝9時から夜12時まで1日15時間
休むこともなく必死で仕事をし続けました。

 

全くのゼロからスタートしたのが
後から思えば良かったです。

 

素直に色んなことを
吸収することが出来ました。

 

・教育とは何だ?

・人間の心理はどう出来ているのか?

・人は親の教育によって幸せにも不幸にもなる。

・最も良い親の教育とは?

・最も効果の上がる勉強法について

・どうやったら人はやる気になるのか?

・夢とは?

そんなことを色んなところから学びました。

塾とは営業と教務が両輪の軸です。
教務だけではなく営業活動もやっていく必要があります。

チラシのポスティングや学校の前でのチラシ配りも
1人でやり続けました。

 

その地道な努力のお陰で
1年5ヶ月で目標の生徒数100名を突破。

またフランチャイズの中でも
中四国で1位となる業績を残しました。

 

今考えると、あれがあったから
フィリピン留学の仕事も出来たんだと思います。

 

開業の後、順調に業績を残していく

現場で必死で働きました。
最初の2年間は基礎づくりの為に
塾の教室長として現場で仕事をしてきました。

 

そのお陰で多店舗展開が出来るようになりました。

3年目から毎年のように教室を展開していき
9教室、生徒数は650人
従業員は120人までの組織となった。

 

そんな経営をしていて
10年目に人生を変える事件が起こったんです!

 

フィリピンで英語学校!?

 

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カナダのキャバクラ事件

起業10年目
2011年に友人3人で世界一周に出かけました。

 

成田ーシンガポールーロンドンーアムステルダムー
ニューヨークーバンクーバーメキシコ・カンクンー
ラスベガスーサンフランシスコー成田

 

途中の国、カナダのバンクーバーで
その事件は起こりました。
バンクーバーにはワーキングホリデーで
来ている日本人学生がたくさんいます。

 

ワーキングホリデーというのは仕事と勉強が出来る
30歳以下限定の日本の若者に与えられたビザを
利用して留学をするというものです。

 

当然、来たときは英語を勉強することを目的としています。
何とか自分を変えたくてやってくる若者たち。
また、英語を使った仕事を通して英語+就業体験をすることを
期待してます。

 

しかし、実際に来てみると
・英語学校は午前中だけ。

しかもグループレッスンなのでチンプンカンプン。

 

・出来る仕事は日本食レストラン、お土産屋さん、
英語を使わない農業または日本人相手の接客。

これでは英語上達はしない。
また、外国人の友だちなんて出来ません。

 

たまたまガイドさんに連れられて行ったのが
バンクーバーのキャバクラ。。。
そこで見たものは接客をしている日本人女性。
お客さんは全員日本人。

 

僕自身がそういったお店にはめったに行きません。
だから余計に違和感がありました。

「何でここに来て、
そんな仕事をしているの?」

余計なお世話ですが
後学の為に色々と聞いてみました。

すると彼女たちはポツリポツリと話してくれました。

「カナダの学校は高いので
長期では行けません。

最初の1〜2ヶ月のみ
学校に入ります。

その期間で話せる予定
だったんですが

未だに英語力は皆無です♡

その後、することもないから
給与のいいキャバクラで働いてます。

ビザがあるからここに
滞在をしているだけです〜♡」

そんな世界もあるんだと変に納得しました。

 

みんな困っている英語

ただ、この現象ってカナダ・バンクーバーに
限ったことではないです。

他の国に行っても
同じようなことが起こってます。

留学に行ってきたけど
話せないまま帰ってきている人を
たくさん見ました。

むしろ日本で真剣に勉強をしている方が
英語力が上達しているのではないかと思いました。

 

これはチャンスー!

 

と思い、この留学の「困った」に応えるような
ビジネスを構築したらいいと強く感じました。

 

フィリピン留学発見!

そこで色んな人に聞いてみると
フィリピンの留学が
良いという人がチラホラといました。

 

そこで早速自分の目で確かめる為に
フィリピン・マニラに出発!
何と、世界一周から帰ってきた10日後には
もうマニラに行ってました。

 

もちろん、知り合いは誰一人いない状況です。
そこで自分の周りの友人から
「フィリピン人の知り合いいない?」
とあたっていきました。

 

たまたま世界一周に一緒に行った友人の
知り合いにがフィリピン人と結婚をしていました。

そのフィリピン人のところに出掛けていき
マニラに住んでいるフィリピン人の
親戚を紹介してもらうことに。

 

マニラ滞在の5日間のガイドをしてもらうことにしました。
そこからフィリピン英語留学ビジネスが始まったのです。

 

そこで僕は感動しました!

「このマンツーマンの英語授業最高!

これは絶対に日本の為になる!

僕自身も英語が話せるようになるかも知れない!」

 

そう思った僕はそれから毎月
セブに通い始めました。
そんなきっかけでフィリピン留学が始まりました。

 

では、また明日の朝8時にお会いしましょう!!!

 

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